島田高志郎選手(木下グループ)の実家はお金持ちって本当?父親の職業は。家族や兄弟はいるの。
暑い夏も終り過ごし易い季節になりました。いよいよ、フィギュアスケートの季節が近付いて来ましたね。
かわいいイケメン男子、次世代を担う存在として注目の島田高志郎選手について調べてみました。島田高志郎選手の実家はお金持なのか、父親の職業は何をやっているのか、兄弟もスケート選手をやっているのか、調べてみました。
島田高志郎のプロフィールと経歴について!
島田高志朗選手、堂々の3位❗❗銅メダル、おめでとーう🎉🎊✨
((o(^∇^)o)) pic.twitter.com/cYnM2UZ1md— ヒロミ (@qWDrcqK2HCsRTMT) 2018年12月8日
・名前:しまだこうしろう。
・生年月日:2001年9月11日。
・血液型:A型。
・出身地:愛媛県松山市出身。
・身長体重:175㎝、54㎏。
・所属:木下グループ。
・趣味:音楽観賞、料理、ゲーム。
・好きな歌:栄光の架け橋。
・好きな食べ物:ラーメン(麺類全般)。
・憧れの選手:高橋大輔、町田樹。
・好きな女性のタイプ:気配りが出来て優しい子。
島田高志郎の家族構成や兄弟は?
島田高志郎選手(木下グループ)の家族構成は、母と兄がひとりいます。兄の詳細はわかっていませんが、年は離れているようで、兄はスケートはやっていないようです。
残念ながら父である雄二郎さんは、島田選手が13歳の時に肺がんにより亡くなられています。享年63歳の若さでした。
経営のスペシャリストとして激務に携わり、心労などもあったかもしれません。
喪主は島田選手の兄である雄太さんが務めたそうです。
島田選手は、父の雄二郎さんが歳をとってからの子供だったようで、随分可愛がられたようです。
島田選手が小学生の頃には、水泳、体操、ダンス、テニス、サッカーなどたくさんのスポーツを学ばせる英才教育だったそうです。
その中でも最終的にフィギュアスケートを選んだのは、島田選手がスケートが1番上手かったわけではなく、1番好きなスポーツになったからだそうです。
1番好きなことが1番長続きもするでしょうし、好きで続けたスポーツであれば簡単にも辞められないでしょうし、個性を生かしながら強い精神を身に付ける英才教育なのかもしれません。
島田高志郎の父親と母親の職業は?
島田高志郎選手(木下グループ)の父である雄二郎さんは、元損保ジャパンの取締役で、元愛媛銀行の常務でもあった方です。経営のスペシャリストですね。
残念ながら、母についての情報は見つかりませんでしたが、岡山では生活をともにし、スイスへはお米や、調味料を送ってくれたりするそうです。
親元を離れ異国の地ですし、特に食事面などの心配も絶えませんよね。
島田高志郎の実家はお金持ちって本当?
島田高志郎選手(木下グループ)の実家はお金持ちでしょう。父である雄二郎さんは、経営のスペシャリストとして、元損保ジャパンの取締役や、元愛媛銀行の常務を務めた方であり、島田選手も小学生の頃からたくさんのスポーツを経験し、その中からフィギュアスケートを選んでいます。
たくさんのスポーツをすることだけでも、とてもお金がかかりますので、勿論様々な節約などもされたとは思いますが、相当なお金が必要だったと推測しています。
島田高志郎の出身中学や高校はどこ?
島田高志郎選手(木下グループ)の学歴は、就実中学校→就実高校に進んでいます。岡山市北区弓乃町にある、私立の中高一貫校です。系列校として、就実大学や、就実短期大学などがあります。
森英恵さんデザインの制服が人気で、学費が高いとの噂もあります。バレーボール、バスケット、ソフトテニス、卓球は全国優勝の実績もあるスポーツの名門校です。
著名人として、モノマネ芸人の荒牧陽子さん、バレーボールの石井優希選手、元マラソンの有森裕子さんなどがいます。
元々は女子校でしたが、2009年より男女共学の募集が始まりました。島田選手は、6歳から松山市内のスケートリンクでフィギュアスケートを始めます。
母と兄とともにスケートリンクに行ったのがきっかけだそうです。最初は壁にしがみついて滑っていたそうですが、次第に上達するにつれスポーツの中でも1番好きなスポーツになりました。
小学4年時より本格的にスケートを習うため、母とともに岡山県岡山市に移住し、岡山国際スケートリンクで練習を始めました。1年中滑れるリンクのようで、毎日夜11時頃まで練習に励んでいたそうです。
島田高志郎の拠点がスイスの理由は?コーチは誰?
島田高志郎選手(木下グループ)の現在のコーチは、トリノオリンピックの銀メダリストである、ステファン・ランビエールさんと、アンナ・ベルナウアーさん。
島田選手から見たステファンコーチは、優しすぎる印象を持っていたようですが、コーチと生徒の関係になると、日本とはまた違った厳しさを感じるそうです。
毎日本気で熱心に指導してくれ、島田選手も疑問が生じたらその都度口に出して伝え、コミュニケーションを取るそうです。
難しいスケーティングや、ステップに挑戦する練習では、予想外の動きの連続でとてもキツい練習を重ねた結果、スケーティングの基礎も上達し、精神面でも強くなったと感じているそうです。
ステファンコーチは時々、スイスの郷土料理や、ラクレットや、チーズフォンデュなどを作ってくれたりするそうです。
でもその際の会話の内容は、スケートのことばかりだそうです。
島田選手は、美しい演技を目指しているそうなので、ステファンコーチからたくさんのことを学んで欲しいですね。
島田高志朗は英語力がすごい!ペラペラ?
島田高志朗選手の英語力がすごいと話題になっていますね!外国人記者からのインタビューにも通訳なしで、やり取りしていたり、流暢英語を披露されていてさすがだなと感心しました。
島田選手も「もっともっと英語力を磨いてコーチとの関係を深めて、もっと指示が明確にわかるようになりたい」と話しています。
また英語が話せることから、外国人選手とも積極的に交流が持てることも楽しいですよね!
さすが一人でスイスで生活しているだけの力はありますね!
島田高志郎のスイスでの生活は?一人暮らし?
島田高志郎選手(木下グループ)は、単身でスイスに渡り、一人暮らしをしています。スケートリンクはアルプス山脈の山の中で、「スケートしかやることがない」環境の中で、練習漬けの毎日を送っています。
普段の会話は英語で、食事は自炊をしているそうです。見知らぬ土地での一人暮らしは淋しいと感じることもあったそうですが、それも数ヶ月のこと。
「スケートしかやることがない」環境の中で、練習漬けですから、淋しさを感じる暇もないのかもしれませんね。
試合などで日本に帰国し、再びスイスに戻ると「帰って来た」と感じるようになったそうです。逆に日本では、ご当地グルメを楽しんだり、大好きなラーメンを食べに行ったりと、以前よりも日本を満喫しているのだそうです。
束の間の休息を楽しめる心のゆとりも出来て来ましたね。時には練習がない日もあるようで、そんな時は1時間ほど電車に揺られ、気分転換しているそうです。
少し街の方に向かったところに、山に囲まれた凄く大きな湖があり、雄大な自然が広がっていて、湖の周りの道を歩きリラックスしている、とてもお気に入りの場所だそうです。
お互いに切磋琢磨し合う仲間ともコミュニケーションを取ります。特に日本でも人気の高い、ラトビアのデニス・ヴァシリエフス選手には楽しませて貰っているそうです。
デニス選手は趣味が多彩だそうで、将来はケーキ屋さんを開きたいと夢を持ち、ケーキを作ってくれたり、島田選手もお手伝いしたりしているそうです。
島田高志郎のフィギュアの受賞歴は?
島田高志郎選手(木下グループ)の主な受賞歴は以下の通りです。
・2013年 アジアフィギュア杯ノービスクラスー金メダル。
・2016年 アジアフィギュア杯ジュニアクラスー金メダル。
・2019年 ババリアンオープンシニアクラスー金メダル。
2016年に次世代のスケーターとして期待され始め、またかわいいイケメン男子としても話題になり、日本スケート連盟からは「強化選手B」としてスケーティング力も高く評価されています。
この強化選手は、上から「特別強化選手」→「強化選手A」→「強化選手B」の3段階に分かれており、そろそろ「強化選手A」に上がるのでは?との実力も身に付けて来ました。
2017年には左内転筋断裂の大怪我を経験しました。練習熱心は良いことですが、ケガには気を付けて頂きたいですね。
島田高志朗と羽生結弦との関係は?
島田高志朗選手の憧れは羽生結弦選手です。
絶対的王者で自分を徹底的に追い込み、そして優勝する姿はどの選手が見てもリスペクトする存在だと思いますが、島田高志朗選手も同様です。
また島田高志朗選手は、手足が長いことや身長が羽生結弦選手より少し高いくらいなので、羽生結弦選手のスケーティングはとてもお手本になるようです。
憧れの羽生結弦選手に追いつけるように頑張ってほしいですね!
まとめ
フィギュアスケートの島田高志朗選手について調べてみました。
島田高志朗選手のお父さんは損保ジャパンの取締役だったので、実家もお金持ちだったことでしょう。
その分島田高志朗選手もバックアップを受けていたみたいですね。
島田高志朗選手が活躍することできっとご家族やこれまで支えてきてくれた人に恩返しができると思いますので、スイスでの練習も頑張ってほしいと思います。