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水谷隼がレーシック手術した病院はどこ?目が見えていないのは本当?

卓球の水谷隼選手が目の俳優レーシック手術をしたという噂が出ました。またその手術はこの病院で受けて失敗したのではないかとも噂されています。そこで水谷隼選手は目のレーシック手術をしたのか、それはどこの病院で受けて失敗だったのかという噂について調べてみました。

水谷隼は目が1年間見えていない?

卓球界を引っ張っている水谷隼選手の目が1年前から見えていないというニュースがありましたね。調べて見ると水谷隼選手が卓球専門ウェブメディア「ラリーズ」のインタビューで自身の目の症状について「ここ1年間球が見えていないんです。」と話していることがわかりました。

それによると、卓球台の周囲が暗く台だけ光が当たっている、「電光掲示板が周囲を囲んでいる場合はほとんど球が見えていない」と話しています。また「正直引退も考えていました。卓球をしていても楽しくないんです。」と話しています。

そう言われると結果が出ていない時期もあったなと思いました。ただその時は張本智和選手が勝つことが多くなっていたので世代交代なのかなと思っていましたが、こんな理由があったんですね。目がまともに見えないまま闘うのはかなり辛い状態だったのではないでしょうか。

水谷隼の目が見えないのは病気?それともレーシックの後遺症?

 

では水谷隼選手の目が見えないのは何らかの病気のせいなのでしょうか?またレーシックの後遺症が出ているのでしょうか?水谷隼選手はインタビューに「病気でもレーシックの後遺症でもない」と話しています。

では何が原因なのでしょうか?

それについて伊藤美誠選手はインタビューで「確かに卓球台の真上にライトがあったり正面に照明があると球が見えにくくなる。」と話しているので問題は照明にあるようです。テレビで見ているとわかりませんが、選手にとっては大変なことですよね。

水谷隼がレーシック手術を受けたのはいつ?レーシックした理由は?

その水谷隼選手がレーシック手術を受けたのはいつで理由は何だったのか調べてみました。
調べてわかったのは水谷隼選手は元々視力は1.5だったことがわかっています。それが5年前に左目の視力が急に落ちました。

日常生活には支障はありませんでしたが、その頃から試合で電子掲示板が使用されるようになりなんだか見えづらいと気になったので左目だけレーシック手術を受けました。その後5年間はロシアシリーズの活躍やリオデジャネイロオリンピックでは初のメダルを獲得など活躍しました。

しかし2018年に右目の視力も落ちたため手術するほどではなかったのですが、少しでも良くなればと思い手術を受けました。

水谷隼がレーシック手術受けた病院はどこ?

では水谷隼選手がレーシック手術を受けた病院はどこなのか気になったので調べてみました。しかし水谷隼選手自身もアメリカの専門の先生に見てもらったということは話していますが、どこの病院なのかについて話してなく、調べてみてもわかりませんでした。

水谷隼のメガネが話題?メガネをしているのは目が見えていないから?

今水谷隼選手が試合の時にしているメガネが話題になっているようです。またメガネをしているのは目が見えないからと言われているみたいなので調べてみました。2019年2月に行われたTリーグの試合に水谷隼選手がサングラスをかけて出場し、話題になりました。

どこのメーカーなのか調べてみましたが、そこまではわかりませんでした。しかし今まで卓球の試合にサングラスをかけて出場した選手はいないと思います。また水谷隼選手がサングラスをかけて試合に出場していたのは「おしゃれではなく視力低下によるLEDライトなどで球が一瞬消える時がある。」という理由からです。

確かにこうしたLEDライトによる広告や照明などについては他の選手からも見えづらい時があるという意見も出ているようですが、オリンピック委員会は「素人でも楽しめる競技演出」を考えているので照明やLEDライト設置はなかなか改善されるのは難しいのが現状のようです。

それを考えるともしかするとこれから水谷隼選手のような試合にサングラスをかけて出場する選手が出てくるかも知れないですね。

水谷隼のレーシックは失敗したの?

水谷隼選手のレーシック手術は失敗したの?という噂が出ているようです。しかし水谷隼選手自身がインタビューで「レーシック手術の経過は問題はないし、日常生活には何の支障もありません。」と話しています。手術を受けた本人がそう話しているので周りは何も言えないですよね。

水谷隼は世界卓球2019ブダペスト大会に出れる?

では水谷隼選手は2019年に行われる世界卓球ブダペスト大会に出場できるのでしょうか?
調べると1月29日に発表された男子日本代表選手は
張本智和選手
丹羽孝希選手
水谷隼選手
吉村和弘選手
の4名です。
水谷隼選手は2018年全日本大会優勝という実力があるということからすでに内定していました。世界大会2019ブダペスト大会での日本代表の活躍に期待したいですね。

水谷隼の世界ランクや成績は?

現在水谷隼選手の世界ランクや成績について調べました。それによると世界最高ランクは4位で、現在のランクは10位です。

国内成績は
全日本卓球選手権大会男子シングルスで2006年から2010年まで連続で優勝しています。
その後も2013年から2016年まで、2018年と男子シングルスでは史上最多の10回の優勝をしています。

同じくダブルスでも2006年から2009年まで、2011年、2015年、2017年、2018年と優勝しています。またリオデジャネイロオリンピックでは男子団体で銀、男子シングルスでは銅メダルを獲得しました。その他にも数々の世界大会で活躍しています。

水谷隼のプロフィール

水谷隼選手は1986年6月9日静岡県磐田市出身の卓球選手です。両親が卓球経験者だった影響で父親が代表を務める豊田町卓球スポーツ少年団1期生として5歳から卓球を始めました。

当初は右利きでしたが、両親が左の有利を考え卓球の利き手を左に矯正しました。
小学校2年の時に初出場した全日本卓球選手権大会バンビの部(小学校2年以下)で準優勝し本格的に卓球の道に進むことにしました。

翌年のバンビの部で優勝するとその後小学生時代に優勝を重ねていきました。中学になると卓球の面での環境を考え、福原愛さんなどの出身校青森山田中学に転校し寮生活をしました。

中学2年の時に出場した全日本卓球選手権ジュニアの部で優勝、一般の部でもランク入りをし話題になりました。中学卒業後はそのまま青森山田高校へ進学しました。2005年高校1年の時に15歳10ヵ月という男子史上最年少で世界卓球選手権日本代表に選出されました。

また代表強化選手に選ばれたことでドイツリーグでプレーして1年の大半をドイツで過ごしました。しかしコーラとピザという生活を続けた結果高校1年の時に疲労骨折をし半年近く卓球から離れるという経験をしました。

2006年度の全日本卓球選手権大会では男子シングルス、ダブルス、男子ジュニアの部シングルスで優勝3冠を達成しました。高校卒業後は世界で戦うためのサポート体制ということで明治大学政治経済学部へ進学しました。

2008年に北京オリンピックに出場し団体で5位に入賞しました。200年の全日本卓球選手権大会では史上初の男子シングルス5連覇を達成しました。またこの年ITTFワールドツアー・グランドファイナルで初優勝しました。

2012年に明治大学を卒業4月1日付でスヴェンソンと専属契約を結びました。その後ロンドンオリンピックでもメダルを期待されましたが、シングルスは4回戦で敗退、団体もメダルを逃しました。

またラケットのラバーに違法行為である「補助材」を多くの選手が使用していることを訴え改善を求めて一時国際試合への出場をやめた時期もありましたが、問題解決には時間がかかることがわかり、プレーしたいという思いから半年後世界大会へ復帰しました。

それからは様々な世界大会で活躍、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは男女通して日本人初の銅メダルを獲得しました。2017年からは木下グループの所属になり2019年の全日本卓球選手権大会では2年ぶり10度目の優勝をしました。が試合後目の不調を理由に「今年で最後の全日本選手権にしたい。来年はでないと同じく。」と日本代表からの引退を発表しました。

まとめ

目が悪くなり物が見えにくくなるというのはスポーツ選手にとっては辛いことだと思います。国際大会で水谷隼選手を見られなくなるのは寂しいですが、競技をやめるわけではないのでこれからも水谷隼選手の活躍に期待したいと思います。