皇室の離婚は可能?前例はある?「出戻り」ができない理由を解説

日本の象徴である天皇陛下。天皇を含め皇族の人たちの離婚について考えたこともないという方が多いと思いますが、よく考えるとどうなるんだろう?と興味がある方もいるでしょう。そこで今回は、皇室の人の離婚や前例、出戻りができないと言われているのは本当なのか気になる話題について調査しました。意外と知られていない皇室の結婚や離婚について、調べてみましょう。
皇室の人は離婚できる!
皇室典範には、皇族の身分を離れた者が離婚した場合、新戸籍を編製する旨が定められています。ただし、離婚によって皇族の身分を離れることは、男性皇族には適用されません。ただし、天皇陛下と皇后陛下にだけは離婚は認められていません。つまり、皇太子時代には離婚は可能ですが、天皇陛下になれば、離婚することは不可能となります。そのため、現在の天皇陛下である徳仁天皇と皇后雅子さまは離婚できません。
天皇には戸籍がない!?
皇室には天皇や皇族にとって法律となる皇室典範があるのですが、その法律に乗っ取って説明をすると、天皇を始め皇族には戸籍というものがありません。これは意外に知られていないことで、驚いている方も多いでしょう。皇族は一般国民ではなく「戸籍制度の対象外」と法律で定められているため、日本の法律にある結婚・離婚の制度に当てはめることができないのです。
離婚するのも一苦労!
皇室の人も離婚できることがわかりましたが、一般人のような離婚と違い、そう簡単には離婚できません。両者の合意はもちろんのこと、皇室会議に持ち出し賛同を得なければいけないのです。皇室会議=離婚調停と似たような感じなのですが、離婚するのも一苦労なことを考えると、結婚するのも躊躇してしまいますね。皇室の人が結婚を決める際にも、宮内庁総出で会議をして決めるという重要性にも、納得しますね。
皇室の離婚!前例はあるの?
ここ数年の間で皇室の人が離婚した前例というのはありませんが、男子皇族の離婚例を調べたところ、東伏見宮依仁親王(ひがしふしみのみや よりひとしんのう)が侯爵山内豊信の三女・八重子さんと離婚して、公爵岩倉具定の長女・周子(かねこ)さまと再婚されています。現時点でわかっているのはこの一例だけです。ただ、皇籍離脱した旧皇族の方であれば、皇籍離脱後に離婚した方は何人かいます。やはり皇族というだけで、結婚に関しては非常に覚悟が必要なものだと思うので、離婚率が低いのでしょう。
東伏見宮依仁親王は2度の結婚歴がある
東伏見宮依仁親王は伏見宮邦家親王の王子で、明治時代の皇族です。東伏見宮家は伏見宮家から分かれた旧宮家で、当時は天皇の血統を支える重要な皇族とされていました。1892年、旧土佐藩主で侯爵の山内豊信の三女・八重子と結婚した依仁親王ですが、4年後に離婚しています。理由は子どもに恵まれなかったことが挙げられていますが、公には語られていないようです。
東伏見宮依仁親王と離婚した山内八重子とは
東伏見宮依仁親王の最初の妻・山内八重子さんは、旧土佐藩主・山内家の三女として生まれました。山内家は、江戸時代を通じて土佐藩を治め、明治維新後は華族(侯爵家)となった名門です。八重子さんは、当時の上流華族社会で教育を受けて育ったそうです。依仁親王との結婚は皇族と華族の婚姻ということで、政略的・制度的意味合いが強い結婚だったとみられています。
東伏見宮依仁親王と離婚した山内八重子のその後
東伏見宮依仁親王と離婚したあと、八重子さんは華族に戻ることはなく「山内八重子」として生きることになりました。八重子さんは皇族ではなく「華族」の出自なので、もともと山内という名字のもとで生まれており、旧姓に戻すことができたのです。皇族には名字がありませんが、華族にはありますので、山内八重子という一般人になりました。
東伏見宮依仁親王が再婚した岩倉周子とは
東伏見宮依仁親王は1898年、八重子さんと離婚から2年後に、公爵・岩倉具定の長女・周子さまと再婚しました。岩倉家は明治維新の重鎮・岩倉具視の家系で、皇室との結びつきが強いうえに、教養・家格ともに高いとされていました。そのため、この再婚は宮内省・皇室側の了承を得た正式なものだったそうです。周子さまとの間にも子どもは生まれず、1922年に依仁親王が薨去したことで、東伏見宮家は断絶しています。
旧皇室制度下だから問題視されなかった可能性
東伏見宮依仁親王の離婚は、これまでの歴史で唯一語られる皇族の離婚ケースです。しかし、旧皇室制度下だったためそれほど大きな問題にはなりませんでした。旧制度では宮家が多数存在しており、男系皇族が潤沢していました。そのため、1人の結婚や離婚が制度全体に与える影響が小さかったのです。現在は男性皇族が極端に少ないため、1人の結婚や離婚で皇位継承問題に直結しますから、重大さが違うのですね。
皇室の人は「出戻り」できないのは本当
皇室の人が出戻りできないのは本当です。女性皇族の場合、眞子さんと小室さんのように民間人の男性と結婚することもあります。皇族の女性が民間人と結婚した瞬間、民間人となり、離婚することは可能ですが、離婚後再び皇室に入ることはできません。理由は、皇室の財産を民間人に渡すことが禁止とされているためで、皇籍から離れた時点で皇室の財産を放棄したとみなされるため、再び皇室に戻ることはできません。
皇室は国家制度だから
日本の皇室制度は、個人の事情で自由に立場を変えられるものではありません。国家制度として厳格に定められているため、感情的に行き来できるものではないのです。皇族の身分は、憲法の下にある皇室典範という特別な法律で管理されています。「離婚」という私的な事情で、身分を自由に戻せるという規定が、最初から存在しないのですね。
皇室は「家」ではないから
勘違いされやすいのですが、皇室は私たちが考える「家」ではありません。「制度」の一部であり、私たちが離婚して実家に戻るような形で、皇族が離婚して皇族に戻ることはできないのです。皇族は国家の象徴制度を構成する存在であるため、皇族の人数が私的事情で増減したり、身分が不安定になったり、また国民からの信頼度が揺らいだりもするでしょう。そのため、皇室で離婚した人が出戻りたい場合には、皇室典範の改正など国レベルの判断が必要になるでしょう。
皇族は離婚したらどうするの?
では、出戻りができない場合はどうなるのでしょうか?皇族にはもともと名字や戸籍がありません。結婚して初めて戸籍と姓というものを授かるため、離婚後は戸籍が新たに作られ、旧姓がないため、婚姻中の姓を名乗り続けることになるのです。そのため、眞子さんが小室さんと結婚する際は大きなニュースになったのでしょうね。眞子さんを例とすると、眞子さんが今後離婚した場合は、眞子さんだけの戸籍が作られ、一生「小室姓」を名乗り、民間人として生きていかなければいけないということになります。
参考:NEWSポストセブン
最後に
今回は皇室の人の離婚について調査してきました。皇室の人の離婚は天皇&皇后以外であれば認められることはわかりましたが、あまり前例がないようです。やはりそれだけの覚悟をもって結婚する方が多いということなのでしょう。また、女性の皇族の場合、出戻りできないということもあり、結婚には慎重になるのではないでしょうか。これまでに一度しか前例がない、皇室の離婚。それも旧皇室制度下だったため問題視されませんでしたが、現代であれば大きく注目されていたことでしょう。