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三苫薫の実家や兄など家族構成まとめ!生い立ちや経歴も調査

三苫薫の実家や兄など家族構成まとめ!生い立ちや経歴も調査

世界最高峰のリーグとも呼ばれるイングランドでプレーしているサッカー日本代表の三苫薫選手。スピードとテクニックを生かしたドリブルは世界トップクラスとも言われており、2026年のW杯での活躍を期待するサッカーファンも多いことでしょう。そんな三苫薫選手の実家はどこにあるかご存じですか?

本記事では三苫薫選手の実家を中心に、家族構成や生い立ちについて紹介します。

三苫薫の実家はどこ?

三苫薫選手は両親の故郷である大分県大分市で生まれましたが、その後神奈川県川崎市に引っ越しているので実家は川崎市だといわれています。川崎市の中でも三苫薫選手は小学生時代に鷺沼小学校に通っていたことが明かされているので、おそらく三苫薫選手の実家は宮前区付近ではないかとの憶測が飛び交っているようです。

三苫薫選手の実家があるといわれている宮前区は渋谷や二子玉川園などの都心部へのアクセスが非常に良好なだけでなく、自然も適度にあるエリアとしてファミリー層から人気の高い地域として認知されています。三苫薫選手も幼少期は息苦しさを感じることなく、伸び伸びと暮らしていたのではないでしょうか。

高校まで川崎フロンターレでプレーしていた

三苫薫選手の実家が神奈川県川崎にあるとお伝えしましたが、実際に三苫薫選手は12歳だった2006年から高校を卒業する2015年までの9年間にわたりJリーグ屈指の名門である川崎フロンターレのユースチームでプレーしていました。

川崎フロンターレの練習場である麻生グラウンドは同じ川崎市の麻生区に所在しており三苫薫選手の実家があると言われる宮前区からは車で30分、公共機関では1時間ほどの時間で通える距離です。三苫薫選手は川崎フロンターレのグラウンドには高校卒業まで実家から通っていたのではないかと思います。ただ、決して近くはないだけに時には送迎などのご両親の協力があったのは間違いないはずです。

三苫薫の家族構成について

三苫薫選手の家族構成ですが、父親と母親、そして3歳年上の兄の4人家族であることが判明しています。家族関係は非常に良好なようで、大人になった今でも家族間で頻繁にLINEのやり取りをするほど仲が良いようです。

ちなみに三苫薫選手が幼少期住んでいたマンションの隣の部屋には俳優の松重豊さんが住んでおり、たびたび三苫薫選手は松重豊さんの部屋に遊びに行っていたことが明かされています。家族ぐるみで松重豊さんと仲が良かったと言われていますが、こうしたエピソードから「三苫薫選手の両親は松重豊さんと同じマンションに住めるほどお金持ちなのでは?」といった噂も飛び交っているようです。

両親は何をしている人?

三苫薫選手の両親の職業などは公にされていませんが、一部の噂では父親はNHK職員として勤務していたのではないかといわれています。またかつては陸上選手として活躍されていた経歴の持ち主で、三苫薫選手の足の速さも父親の遺伝なのかもしれませんね。

その一方で母親の職業などの情報も明かされていませんが、元バレー選手として活躍されていたのだとか。三苫薫選手の両親は2人とも運動神経が抜群のアスリートで、まさにアスリート家系で育ったと言えるのではないでしょうか。

ちなみに両親は三苫薫選手のサッカーを常に応援していたようで、三苫薫選手自身もそんな両親に対して深い感謝の念を抱いているようです。素敵な関係ですよね。

兄は俳優って本当?

三苫薫選手の3歳年上の兄ですが、実は俳優として活躍されている結木滉星さんであることが2023年に放送されたネプリーグにて明らかになり大きな話題となりました。かねてからどことなく雰囲気や容姿が似ていることから2人が兄弟ではないかという噂はありましたが、結木滉星さんの番組内でのカミングアウトで2人が兄弟であることが確定しています。

実は三苫薫選手がサッカーを始めたキッカケは結木滉星さんだったようで、幼少期は自宅でいつも2人で練習をしていたそうです。ですので、もしかしたら結木滉星さんも三苫薫選手に負けないほどサッカーの実力があったのかもしれませんね。

三苫薫の生い立ちは?

3歳の頃に兄の影響でサッカーを始めた三苫薫選手は、その後メキメキと頭角を表していくとテストを経て川崎フロンターレのユースチームに合格しました。川崎フロンターレでも突出した選手として活躍し続けた三苫薫選手は高校卒業直前にトップチーム昇格のオファーを受けるも、今のレベルでプロ入りしても通用しないと自ら判断し断ったそうです。

それからフィジカルと自身の武器であるドリブルを磨くために筑波大学へ進学して4年後に川崎フロンターレでプロ入りを果たしています。ちなみに卒論のテーマは「サッカーの1対1場面における攻撃側の情報処理に関する研究」だったそうです。

このように三苫薫選手は幼少期から自身の分析に長けており、誰よりも客観的かつ的確に自分のプレーを分析する勉強家だったそうです。こうした三苫薫選手の研究熱心な人間性が、世界で活躍する土台になっているのかもしれませんね。

経歴について

高校卒業後はプロ入りをせずに筑波大学に進学した三苫薫選手は、筑波大学在籍時に天皇杯でJリーグクラブ相手に圧倒的なパフォーマンスを見せるなど、プロ入り前から注目されている存在でした。

そして筑波大学を卒業後、満を持して川崎フロンターレでプロ入りした三苫薫選手は、瞬く間にJリーグ屈指のドリブラーとして躍動。プロ2年目で念願のヨーロッパ移籍を勝ち取ると、1年目はベルギーで、2年目はイングランドで海外も猛者相手にも切れ味鋭いドリブルを披露。

そんな海外での活躍が高く評価され、2022年には日本代表の一員としてカタールW杯のメンバーに選出されると、スペイン戦での逆転勝利に貢献するアシストも記録しました。

まとめ

今回の記事では三苫薫選手の実家がどこにあるかを中心に、三苫薫選手の家族構成や経歴、生い立ちなどを紹介しました。

いよいよ一年後には自身2度目となるW杯を迎えることになります。果たして北米の地で三苫薫選手はどのようなプレーを見せてくれるのか、今から注目ですね。