皇太子妃雅子様の両親の現在は?父親は介護や逮捕されたことがあるという噂が出ているようです。新元号は発令され、まもなく新しい令和がスタートします。そこで注目されるのは雅子様です。今回は両親の現在介護や逮捕されたことがあるのか真相を調べて見たいと思います。
雅子様の両親のプロフィール!学歴も凄い
雅子様の両親は父親は大和田恆(おわだひさし)さん、母親は優美子さんです。父親の大和田恆さんは1932年9月18日生まれで新潟県の新発田市の出身で8人きょうだいの4番目です。
旧制新潟県立柏崎中学校(現新潟県立柏崎高等学校)2年の時に父親の転勤で旧制新潟県立高田中学校に転校されました。新潟県立高田高等学校を卒業を経て東京大学教養学部に入学し1955年に卒業されました。
その年の夏から1959年にかけてイギリスケンブリッジ大学法学部大学院(トリンティ・カレッジ)で勉強されBechelorofLaus(法学士)の博士課程を修了されました。またその後半2年の間は中国史の権威であるデニス・Cトゥウィチェット教授の自宅に下宿していました。
母親の優美子さんは1938年1月 30日生まれチッソ会長江頭豊さんの長女として生まれました。田園調布せき葉中学校・高等学校を卒業され1956年慶應義塾大学文学部フランス文学科に入学され、英語、フランス語、ロシア語が堪能で1960年慶應義塾大学を卒業されています。
雅子様もスーパーエリートですが、やはりご両親もかなりエリートなんですね!まさにご両親の姿を見て育ったのでしょう。
雅子様の父親の職歴も凄い
父親の大和田恆さんの職歴を紹介しようと思います。1954年大学在学中に外交官領事館試験に合格し、翌年1955年に大学卒業後外務省に入省しました。英語研修から帰国後同省条約局法規課で6年の間日韓正常化の作業に携わりました。
その後同省条約局法規課在ソ連日本国大使館一等書記官に就任されました。1963年東京大学法学部の非常勤講師に就任し(在外勤務中は除きます。)1998年まで国際法、国際機関論の講義をされていました。
以降国際連合日本政府代表部一等書記官等を経て1971年に欧亜局大洋州課長、外務大臣秘書官事務取扱、1972年に国際連合局政治課長、1974年に条約約局課長、1976年に第67代福田内閣総理大臣の秘書官に就任されました。
1979年に在米大使館公使、ハーバード大学ロー・スクール客員教授に就任され家族で渡米されました。在ソ連大使館公使、1984年に条約局長、1987年に外務大臣官房長、1988年に経済協力開機構政府代表部(特命全権大使)、1989年に外務審議官、1994年に国連大使などを歴任されました。
1993年に雅子様が皇室に入内したため同年7月に外務省を退官し外務省顧問に就任されました。1994年国連大使と国連日本政府常駐代表部特命全権大使に任命されています。またコロンビア大学、ニューヨーク大学、ハーバード大学などの客員教授をされていました。
2018年に核脅威インシアティブ名誉役員に就任、国際司法裁判所判事をされていましたが年齢を理由に退任されました。バーナーランスヒンズー大学名誉法学博士、早稲田大学、ハーバード大学名誉博士の称号を持っています。
雅子様の母親の職業は?
雅子様の母親優美子さんは、慶應義塾大学を卒業後エールフランスに就職されました。後に同社の極東支配人秘書官も務められました。この時代はまだ女性が第一線で働くのも珍しいころですが、優美子さんの職歴も素晴らしいですよね!
適齢期を迎えられた頃「外交官に嫁がせるように」と駐米海軍武官竹内重利中将と妻の寿子さんが江頭夫妻に勧められたそうですよ。
その後竹内寿子さんが旧知の駐仏大使西村熊雄さんに優美子さんを招待、西村熊雄さん夫妻が同席し大和田恆さんとお見合いをされて結婚されました。1993年4月開学の静修女子大学の客員教授に招かれることになっていましたが、雅子様が皇太子妃に冊立されたことで白紙になってしまったそうです。
まさか娘が皇太子妃候補になるとは、誰も想像できませんので相当驚いたのではないでしょうか!
雅子様の両親は創価学会?
今天皇陛下退位と皇太子様の即位でお忙しい天皇家ですが、その中雅子様の両親が創価学会を信仰しているという噂が出ているので本当なのか調べてみました。調べてみると雅子様のご実家が創価学会を信仰しているという噂は以前から出ていたようです。
その理由として雅子様のお父さんは外務省に勤められて外交官をされていましたが、創価学会の要請で海外訪問にいく教祖・池田大作氏に外交官特権を使ったとして平成7年に国会で「宗教法人等に関する特別委員会」で追求を受けたことがあります。
またお母さんは日本ユニセフ協会評議委員を歴任されていますが、ユニセフ大使のアグネスチャンさんが池田大作氏と深い関わりがあるということでユニセフ協会には多くの創価学会会員がいると見られています。
また雅子様が病気療養中に創価学会の会員と会食されことが週刊文春に報じられたり、皇太子様がブラジルを訪問された時に創価学会の行事に参加されたと言われていることやご成婚パレードの時に創価学会の創価三色旗が降られていてその目撃情報や写真が残っているので雅子様が創価学会を信仰されているのではと言われているようです。
しかし雅子様や両親が創価学会を信仰されているかどうかについての真相は分かっていません。
雅子様の父親の介護とは?
その雅子様のお父さんを検索すると介護という項目が出てきます。どういうことなのか気になったので調べてみました。雅子様の両親は昨年15年住んでいたオランダから帰国されました。
それに合わせて秘かにご実家がリフォームされたということです。しかしそれは両親が80歳を越えられていることと、家の階段が急なこと、フローリングが滑りやすいということで足腰が弱くなってきたことを考慮したこと、家の老朽化も進んでいるということから安全に生活ができるようにとリフォームされました。
またお父さんは、08年に軽い脳梗塞で倒れたこともあり、翌年2009年、2010年と2年連続でバイパス手術を受けられています。なのでお父さんの恆さんの体調に不安なところがあります。
ご年齢を考えれば、病気がちになってもおかしくない年齢だと思います。雅子様も心配されていますが、すぐに会いにいくこともできずに辛い思いをされているのではないでしょうか。
雅子様の父親は逮捕されていた?
雅子様のお父さんの恆さんが逮捕されていた!という噂がネットに出ているので気になったので調べてみました。調べてみたところそれはスイスにある「天皇家のお金に手をつけた」ということでスイスのバーセルホテルに“軟禁”されたということでした。
これがネット上で「逮捕された」と言われていたようなのですが、あくまでも噂で真相は明らかにはなっていません。しかしこの頃お父さんはオランダのバークにある国際司法裁判所の判事を退官されたばかりでしたし、いくら娘げ皇太子妃であっても天皇家のお金に手につけるなんてことはできないことです。
雅子様の母親は認知症?
雅子様のお母さんの優美子さんも現在病気療養中で認知症?と疑いがあるようです。
しかし調べてみるとそれはあくまでも年齢的なことを考えてのことだと思います。優美子さんも現在80歳を過ぎていますし、病気になりやすい年齢になっていますよね!
認知症ではないけれど、物忘れがあってもおかしくありません。
雅子様のご実家は目黒区南の豪邸?
雅子様のご実家は目黒区南で豪邸なの?という噂が出ています。調べてみると雅子様のご実家は確かに目黒区南で「コンクリート御殿」と呼ばれているそうです!目黒区のような高級住宅地にあるコンクリート御殿非常に興味がありますね!近隣住民には有名になっているそうです。
住所も調べてみましたが目黒区南1-14と出てきます。この後に枝番があるようなのですがそこまでは出てきませんでした。
またGoogleマップで写真が出ていないか調べてみましたが周辺の写真しか出てきませんでした。ご実家は「コンクリート事業」で成した財で建てたと言われているようですが、そうではなくコンクリート造りの二世帯住宅で間取りも相当広いそうですよ!
現在は雅子様のご両親がご高齢のため住みやすいようにリフォームされました。またご実家はいつも警備されています。
雅子様の現在の病状も心配
来月皇太子様の即位に伴って新皇后になられる雅子様ですが、その病状についてやはり心配する声がたくさん出ています。それは秋篠宮様の誕生日会見にご夫婦で出られたことと比較され、先の皇太子様の誕生日会見に雅子様のお姿がないことからご病状が悪化しているのではないかと女性週刊誌が報道していたり、何かと雅子様の体調について週刊誌が報道するので雅子様にとっても皇后様になるのは相当なプレッシャーだと思いますよね!
しかし皇太子様は誕生日会見の席で雅子様のご病状について「回復傾向にありますが、ご公務やご活動について具体的にどういうものかはお答えできないのですけれども本人も懸命に努力しながら回復につとめておりますので何かいい取組に近い将来出会えることができれば嬉しく思います。」とお話しされていました。
そのお言葉から皇太子様の雅子様への思いやりを感じましたし、皇太子様は「雅子様は一生僕がお守りしますから」というプロポーズの言葉を生涯守っていくのではないでしょうか。
まとめ
これまで雅子様の両親のことや雅子様ご自身のご病状について書いてきました。最近テレビで皇太子様とご一緒されている雅子様のお姿をみてご夫婦揃っているお姿が増えてきたように感じました。
雅子様に対する国民の期待は相当ですが、昔の雅子様のように生き生きとした姿が見られるといいなと思います。