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佐藤駿フィギュアスケートの中学はどこ?コーチや親の職業は

羽生結弦選手に近い存在と言われているフィギュアスケートの佐藤駿くん!まだ中学生なんですが羽生結弦二世とも呼ばれているんです!どんな人物なんでしょうか?今回は佐藤駿君の中学やフィギュアスケートの実績、コーチは誰なのか親の職業について調べてみました!

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佐藤駿のプロフィール

佐藤駿(さとうしゅん)

生年月日: 2004年2月6日 14歳 中学2年生

出身: 宮城県

身長: 160cm

所属: 埼玉栄中学校

趣味: 読書、音楽鑑賞

佐藤駿君の出身地は宮城県仙台市です。2011年の東日本大震災でなんと自宅が被災してしまったそうなんです。小学生だった佐藤駿君は既にスケートを始めていて、自宅が被災してしまったことと、スケートを続けたい思いから関東にお引っ越しされたそうです。

宮城県出身といえば羽生結弦選手と同じですね。羽生結弦選手も震災でスケートリンクがダメなってしまい他の場所での練習を余儀なくされました。佐藤駿君もきっと同じ状態だったはずです。

過去の大会の実績

2015 全日本ジュニア選手権 15位
2015 全日本ノービス選手権(A) 優勝
2015 ガルデナスプリングトロフィー(Adv.Nv.) 2位

2016 アジアンオープントロフィー(A. Nv.) 優勝

2017 バヴァリアンオープン 3位

2017 全日本選手権 16位
2017 全日本ジュニア選手権 6位
2017 東日本ジュニア選手権 優勝
2017 東北北海道選手権(Jr) 2位

2018 第38回全国中学校スケート大会 4位
2018 バヴァリアンオープン(Jr) 2位

佐藤駿君の今年の目標は4回転を成功させることです!

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佐藤駿がスケートを始めたきっかけは?

佐藤駿君は5歳の時にスケートを始めました。きっかけは駿君が5歳の誕生日にお父さんと一緒にスケートリンクに行ったことが初めてのスケートとなりました。このことがきっかけでスケートに興味を持った駿君は、本格的にフィギュアスケートを習いはじめたそうです。

そして仙台市にある羽生結弦選手や荒川静香さんも練習の拠点としていた有名なスケートリンクにてスケートを始めたのです。

しかし2011年小学1年生だった時に東日本大震災で被災してしまい、練習をしていたアイスリンク仙台も営業休止状態に。その間駿君とご両親は関東に転向し5カ月間過ごしたそうです。そして仙台のアイスリンクの営業が再開したら再び仙台に拠点を移し練習に励んできました。

佐藤駿君フィギュアスケートの選手として、どんどん才能を開花させ、史上4人目となるノービス4連覇達成もしています。他にも浅田真央さんや、宇野昌磨選手もノービス4連覇達成しているんですよ!名前を聞くと佐藤駿君もすごい選手なんだということがわかりますよね!

佐藤駿の中学はどこ?

佐藤駿君は埼玉県の埼玉栄中学校に通っています。震災後再び仙台に戻ったんですが、2016年にお父さんの転勤で埼玉に引っ越してきたそうです。現在の練習拠点は埼玉ということです。

また埼玉栄中学は私立の中高一貫校で、スポーツがとても盛んな学校です。私も埼玉栄と聞いて知っていたのでスポーツではかなり有名ですね。全国大会に出場する部活も多いので佐藤駿君も周りがスポーツに励む同級生がたくさんいるので、とてもいい環境にいるなと思いました。

また中高一貫校なので受験勉強もないですし、スケートの練習集中できるのもよいですね!

2022年の北京オリンピックの日本代表になることを目標に日々練習に励んでいる佐藤駿君ですが憧れの羽生結弦選手と肩を並べるまでもう少しです!

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佐藤駿の両親はどんな人?震災を乗り越えて

佐藤駿君の家族構成ですが今の所父母と佐藤駿君の3人という情報しか出ていません。ご兄弟に関しては情報が出ていませんでした。先ほども少し書きましたが駿君が小学1年生だった時に震災で被災してしまいました。

仙台に住んでいた駿君とご両親の自宅は半壊状態でとてもじゃないけど暮らせる状態ではなかったそうです。自宅がそんな状態でも駿君がどうしても手元に置いておきたかったのがセスケート靴でした。

そして自宅が半壊状態だったので車の中で1週間程生活していたとか。とっても辛くて大変なことでしたよね。大好きだったスケートの練習も一時中断となってしまい、それでもスケートの練習はどうにかこうにかしてやらせてあげたいとご両親は思ったそうです。

そして佐藤駿くんはスケートの練習できる場所を求めて関東への引っ越しを決断したんです。まだ小学1年生、2年生でスケートに対する情熱というか、練習に対する半端ない気持ちが伝わってきます。

東京に駿君の祖父母が住んでいて、そこからバスと電車を乗り継ぎ川越市のスケートリンク「川越スケートセンター」に毎日1時間かけて通っていたそうです!何より驚くのが、一時期とは言え転校までしてスケートの練習をしたいと言ったのは佐藤駿君本人だったんです!

この息子の強い決意にご両親も賛同したんですね!やはり将来オリンピックで活躍しそうな子は小さいころから何かが違うとヒシヒシ感じます。スケートに対する熱い思いが駿君の中に既に出来上がっていたんでしょう。

仙台に戻ってからも毎日練習に励み、また小学5年生になると動きの表現力をつけるためにクラシックバレエも習い始めました。

ここまで駿君がスケートに打ち込めるのもご両親の支えがないと無理なことです。駿君が一生懸命に頑張るからご両親も全力で駿君のために出来ることをしてあげたいと思うのですね!

駿君のご両親の職業については現在調査中です。スケートを習うにはとてもお金がかかると言われているため、結構両親がお金持ちだから?と思ってしまう人が多いようです。しかし、一般的なご家庭の子でもスケートを習っている子もたくさんいるのでスケートを習っているからお金持ちと判断するのはどうなのかなと思いました。

ご両親は、駿君のために自分たちの娯楽は我慢していたり、普段の生活は質素に暮らしていることも考えられますよね。こればかりはわかりませんが。

佐藤駿のコーチは誰?

佐藤駿君のコーチは誰なんでしょうか?現在の練習拠点は埼玉アイスアリーナとなっていますので埼玉在住のコーチと言えますね!調べてみると埼玉アイスアリーナに所属している日下 匡力さん浅野敬子さんのようです。

このお2人は駿君が震災の時に川越スケートセンターで練習していた時に指導していたコーチだと言うことがわかりました。この時から駿君の素晴らしい技術に気が付いていたのかもしれません。

大きくなった駿君の指導を再びすることができてコーチとしても嬉しいのではないでしょうか。

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佐藤駿と羽生結弦の関係は?

佐藤駿君が目標としている選手は羽生結弦選手ですが、駿君は羽生結弦選手からペンダントをもらったことがあるそうです。そのペンダントを御守りのようにして持っているそうです。

どうやら羽生結弦選手がまだ14歳のころ、駿君はお母さんに頼んで羽生結弦選手が出場する横浜の試合を観戦しに行ったそうです。試合後、駿君は羽生結弦選手と会話することがあってその時に知り合いになったそうです。

どうゆう接点で会話をすることになったのかはわかりませんが、同じ仙台に住む同士ということでしょうか。その後仙台に戻った後再び羽生結弦選手と再開しペンダントをっ貰ったそうですよ!

まさか羽生結弦選手からペンダントを貰えるなんて駿君はとっても嬉しかったのではないでしょうか!羽生結弦選手も後輩がどんどん出てきて嬉しいかったんですね。

まとめ

羽生結弦選手も思いだすと中学生の14歳のころからメディアに注目され始めましたよね!佐藤駿君も目標は羽生結弦選手ということで、今後期待される男子フィギュアスケートの新生です!

まだまだこれから技術面も身体も成長していくので頑張ってほしいですね!

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