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甲斐拓也の年俸2019!盗塁阻止率や結婚してやる気もアップ?

甲斐拓也の年俸2019!盗塁阻止率や結婚してやる気もアップしたと注目されていますね!甲斐拓也選手は2018年シーズン、盗塁阻止率0.447と両リーグトップで一躍名を上げました。2019年は年俸もグーンとアップは期待されています!羨ましい限りです(笑)

日本シリーズではシーズン95盗塁とリーグトップを誇る広島から幾度となく盗塁阻止をし、日本シリーズだけで見ると盗塁阻止率は100%となり、甲斐キャノンという名前までつきました。そんな甲斐拓也選手ですが、2018年シーズンの年俸は4000万円。

そこから2019年の年俸はどれ位あがったのでしょうか。さらに結婚されていたことも発表され、2019年シーズン新婚の甲斐拓也選手の年俸や盗塁阻止率について調べてみました!

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甲斐拓也のプロフィール経歴

 

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甲斐拓也選手は1992年11月5日生まれ、大分県大分市出身です。小学校1年生の時に野球を始め、中学の時には「大分リトルシニア」に所属し、当時は内野手としてプレーしていました。お兄さんと同じ楊志館高校に進学したあと、2年生の時に捕手に転向しました。

甲子園出場まで行けなかった為、プロという考えは無かったようですが、当時同高校野球部監督の宮地弘明さんがソフトバンクの九州担当スカウトである福山龍太郎さんへ連絡を入れ、テスト視察を行いました。

その結果、2010年のドラフト会議にてソフトバンクホークスから育成6位指名を受け、入団という形になりました。当時の背番号は130で、登録名は「拓也」のみでした。

入団後の2011年は3軍の試合の出場のみでしたが、2012年に2軍の試合にも出場するようになり、2013年の11月に支配下登録され、背番号は62に変更されました。

2014年に開幕1軍を果たしましたがすぐに抹消。しかし、再度昇格すると6月7日にプロ初出場をはたしました。

2017年に登録名を現在の「甲斐拓也」に変更し、自己最高の103試合に出場しました。さらにクライマックスシリーズと日本シリーズにも出場し、同じ育成選手として同期入団した千賀投手とバッテリーを組むなどで日本一に貢献しました。

同シーズンには育成選手出身の捕手として史上初のゴールデングラブ賞を受賞し、同じく育成出身選手として初のベストナインを受賞しました。

2018年は出場試合数133試合と自己最高を更新し、盗塁阻止率.447と12球団で唯一の阻止率4割越え、日本シリーズではMVPを受賞するなどキャリアハイとなりました。

甲斐拓也の年俸2019は?

2018年は4000万円という年俸でサインしましたが、2018年シーズンの活躍を受けてどれ位のアップとなったのでしょうか。捕手として評価されやすい盗塁阻止率でシーズン、日本シリーズともに好結果を残しています。

今回の交渉は2回行われており、結果的に2500万円増の6500万円でサインしました。なぜ2回目の交渉まで行ったのでしょうか。

1回目の交渉時に提示された金額は1500万円増の5500万円でした。しかし、甲斐拓也選手は寂しいという感じで両リーグ断トツの盗塁阻止率と2年連続のゴールデングラブ賞受賞を主張し、保留としました。その後、2度目の交渉で主張を受けて1000万円上乗せの6500万円となりました。

話題性としてはもっと年俸が上がっても良いのでは無いかと思いますが、やはり重視されたのは打率です。守備力としては申し分ないのですが、打率が.213と寂しい結果となっています。球団としてももう少し打ってもらわないとという気持ちが強いのでしょう。2019年は守備力健在のまま打率の方も注目していきたいですね。

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甲斐拓也のこれまでの年俸推移は?

育成選手として入団してから日本シリーズのMVPとなるまでの年俸を見ていきたいと思います。年俸300万円としてスタートした2011年は3軍での試合のみで、年俸が270万円と少し下がった2012年は2軍の公式戦に20試合出場しました。

2軍に出場した事を配慮されたのか、年俸500万円と230万円アップした2013年シーズンは3軍で83試合に出場し、2軍公式戦には4試合出場。更には11月に支配下登録されシーズンオフに台湾で開催された2013年アジアウインターベースボールリーグにNPB選抜として出場し好成績を残しました。

年俸が600万となった2014年シーズンは2010ドラフト1位で同期入団した山下斐紹選手が右肩の不調で宮崎キャンプA組に抜擢され開幕一軍を獲得。

さらに6月7日にプロ初出場するなど1軍戦の試合に出場しましたがその1試合にとどまり、2軍で58試合に出場、先発出場は38試合となりましたが捕逸がリーグワースト2位など結果が残せず年俸は現状維持の600万円で2015年シーズンも迎えました。

2015年も開幕一軍を勝ち取りましたが一軍戦での出場機会は1試合にとどまり、2軍で54試合に出場。年俸も現状維持の600万円で2016年シーズンへ。2016年は開幕一軍とはなりませんでしたが6月3日に昇格してから9月20日に抹消されるまでタイムリー二塁打を放って初安打・初打点を記録し、三番手捕手として1軍戦に13試合に出場。

2軍でも42試合に出場するなどしてキャリアハイの打率.323を記録。その成績が評価され、年俸は300万円増の900万円となり2017年シーズンを迎えます。2017年は登録名を「甲斐拓也」に変更し、開幕一軍を勝ち取ります。

4月2日に一軍公式戦で初めてスタメン出場を果たすと、5月2日にはプロ初本塁打となる逆転満塁弾を放ち、自己最高の103試合に出場。その後のクライマックスシリーズと日本シリーズにも出場し、チームの日本一に貢献する形となりました。

シーズンオフにはアジアプロ野球チャンピオンシップの日本代表にも選出され、育成選手の捕手として史上初のゴールデングラブ賞を受賞、同じく育成出身選手として初のベストナインを受賞するなどして契約更改で3100万円アップの年俸4000万円と大幅アップとなりました。

年俸4000万円と期待された形となった2018年シーズンは、その期待に応えるかのように自己最高となる133試合に出場、盗塁阻止率も12球団の捕手で断トツトップの.447という驚異的な守備力を記録し、日本シリーズではシーズン盗塁数95とリーグトップを誇る広島から盗塁阻止率100%という記録も飛び出し、育成選手として初の日本シリーズMVPも受賞しました。

2度の交渉を経て2500万円アップの年俸6500万円となり、2019年のシーズンを迎えようとしています。

甲斐拓也の盗塁阻止率がすごい!

 

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では盗塁阻止率.447はどれくらい凄いのか、他の選手と比べてみました。同じパ・リーグの盗塁阻止率を見てみると、甲斐拓也選手の次が同じソフトバンクの高谷裕亮選の.385。次に西武の森友哉選手の.373。

出場試合数が近い選手で言えばロッテの田村龍弘選手は143試合に出場して.320、楽天の嶋基宏選手は112試合に出場して.312、オリックスの若月健矢選手は114試合に出場して.306と、正捕手と呼ばれる選手でも3割台前半がほとんどでした。

セ・リーグも見ていくと、巨人の小林誠司選手が119試合に出場して.341、阪神の梅野隆太郎選手が132試合に出場して.320、ヤクルトの中村悠平選手は123試合に出場して.288と、小林選手と梅野選手は3割を超えていますが他の選手は2割や1割と、4割を出すのが困難な事がよく分かります。

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甲斐拓也の台頭でトレードした選手がいる?

甲斐拓也選手が実力を発揮しどんどん台頭していく中、同期入団のドラフト1位だった山下斐紹選手が2017年シーズンオフに楽天の西田哲朗選手とトレードされました。ソフトバンクは細川亨選手を自由契約として公示したあと、正捕手として名をあげたのはドラフト1位の山下選手ではなく育成6位だった甲斐選手でした。

 

山下選手は打撃力も持っており将来の正捕手として期待されていましたが、思うような結果が残せず、出場試合数も2017年シーズン終了時点で37試合と少なく、アピール仕切れなかったのと実力を発揮出来なかった事、それに加えて甲斐選手の存在が大きくなり、結果トレードの対象となってしまいました。

しかし、打撃力を備えた捕手を求めている移籍先の楽天でプロ初のホームランを放つなどの活躍をし、2019年も移籍先で活躍されることを期待したいですね。更にはその山下選手とトレードされて来た西田選手も内野手としてスタメン出場をし、活躍されています。両球団にとって良いトレードとなったこと間違いなしかと思いますね。

甲斐拓也が成長できた理由は?

甲斐拓也選手が大成長を支えた人物がいます。それは入団した時に3軍バッテリーコーチで、現在は作戦兼バッテリーコーチ補佐として成長を支えてきた森浩之新ヘッドコーチです。3軍時代は「育成選手として3年やってもダメだったら終わりだと思え」「背番号3桁はプロじゃ無い。悔しかったら2桁を勝ち取れ」など厳しい言葉を投げかけていたそうです。

 

甲斐選手は森ヘッドコーチの言葉も、そのほかのコーチとの出会いや教えをしっかりと生かしました。当時は同級生でドラフト1位入団の捕手山下選手と比較されることが多かった甲斐選手に森ヘッドコーチは「人はヒト」という言葉を贈りました。甲斐選手は今でもキャッチャーミットや帽子に「人はヒト」という言葉を自分でしっかり書き込んでおります。

 

ここまでの活躍を残していますが、まだ不動の正妻とは言えず、日本シリーズでも終盤はベテラン捕手の高谷選手が出場したり、フルイニング出場がなかなか出来ていません。そんな甲斐選手に森ヘッドコーチは「信頼」という言葉を贈りたいと言っています。投手、チーム、首脳陣からの信頼を勝ち取り、不動の正捕手と言われる捕手になってもらいたいですね。

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甲斐キャノンの由来は?

甲斐キャノンという名前の由来を調べてみました。キャノンはキャノン砲、つまり方に担ぐ大砲が由来のようです。大体想像はついていたと思いますが。似たような命名には外野手のレーザービームなどが有名ですね。

今回の日本シリーズで注目されるまでの間に、すでにソフトバンクの関係者や報道陣、ファンの間では甲斐選手の強肩ぶりは有名だったようです。2017年シーズン序盤には盗塁阻止率7割超えという驚異的な数字を記録していた為、キャノン砲や甲斐バズーカ、強肩などと色んな呼び方をされていました。

その時にFull-Countの福谷祐介さんがガンダムのモビルスーツから連想して「甲斐キャノン」という呼び方をし、ホークスファンの中では浸透していたものの、他のチームファンには浸透していませんでした。日本シリーズの脅威の盗塁阻止をした事により甲斐キャノンという名が認知されました。

甲斐拓也が結婚していた!嫁は誰?

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大ブレイクを果たした甲斐選手ですが、実は2018年3月30日にご結婚されていました。その事を2018年11月21日に公表したのですが、発表されて今年の大活躍も新婚パワーなのかなと思いました。奥様は一般女性で福岡市出身の26歳同級生です

出会いは育成選手として勝負の年だった2013年春で、知人の紹介で知り合ったようです。野球のことは詳しくないという奥様と過ごす時間が本来の自分でいられるという甲斐選手は、同年9月に交際をスタートしました。

その2ヶ月後に支配下登録されるなど、奥様の存在は大きかったようです。2018年の開幕戦前に婚姻届を提出し、奥様の支えもあってシーズン盗塁阻止率が4割を超えたり、日本シリーズでは6連続盗塁阻止という新記録を更新したりと大活躍を遂げました。

甲斐拓也に子供はいる?

奥様との間には男の子が一人いらっしゃるようです。2018年10月に誕生し、「家族のためにも誰にも負けないキャッチャーにならないといけない」と2019年シーズンに向けてさらなる試練を共に乗り越えていきます。2019年はフルイニング出場や打率アップなど、課題も見えているので奥様の支えや守るべき存在がいるという事を糧にさらなる飛躍を期待したいですね。

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まとめ

甲斐キャノンという名前が日本中に広まった2018年の日本シリーズですが、育成選手から努力を重ねて支配下登録になり、さらにライバルとの競争など沢山の努力を重ねた結果ですね。ご結婚もされてさらに野球に集中出来る環境も整うでしょうし、逆に言えばご家庭では野球を少し忘れる位のリフレッシュも出来るでしょう。

そのオンオフが出来るのは一人ではなかなか難しいので結婚がいい影響となるのは今年のシーズンを見ても分かりますね。打率アップ、不動の正捕手として更に活躍してくれることを楽しみにしたいですね。

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