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向翔一郎の破門って何?姉や父母、高校大学についても調査!

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柔道の向翔一郎選手(綜合警備保障)の破門って何?姉も柔道経験者か。高校大学は柔道強豪校か。間もなく世界柔道が始まります。

その中でも、東京五輪の期待も高まる「柔道界の異端児」の異名を持つ、向翔一郎選手(綜合警備保障)について調査してみました。

向翔一朗選手について検索すると「破門」と出て来ますが、破門って何をしたのか、すごい気になってしまいました。またお姉さんがいるそうですが、姉も柔道経験者なのでしょうか。

「柔道界の異端児」と呼ばれる向翔一郎選手について徹底的に調査してみました!

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向翔一郎の破門問題って何?

 

 

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まず、向翔一郎選手の破門問題ですが、調べてみると日本大学4年時の8月下旬、帰省後の日大柔道部の集合日に遅刻していることが判明しました。

遅刻理由は寝坊だそうです・・・。遅刻はこの日が初めてではなく、過去にも度々遅刻していたこともあり、日大柔道部監督であり、全柔連の強化委員長を務める金野潤氏に一喝を受け、日大柔道部への出入り禁止と、退寮を宣告されます。

そのため急遽、寮近くにアパートを借りますが、日大の練習には参加出来ず、知人に事情を説明し、警視庁や、国士舘大学へ出稽古をする日々が続きました。

11月の講道館杯に優勝した後に猛省し、「もう1度チャンスをください」と金野氏に頭を下げ、再び受け入れられます。

「1人になった時、仲間が必死に自分を守ってくれた。みんなに支えてもらいながら柔道をしているんだということがわかった。ありがたく感じた。今は練習させてもらっている感覚で、仲間と柔道が出来ることが本当に嬉しい」と猛省が伝わります。

決して長くはない現役で、初心に帰れる、謙虚な気持ちを取り戻す貴重なきっかけになったのは、今後の柔道人生にもプラスになるのではないでしょうか。

後に、金野氏は翔一郎選手について、

「少し大人になったかな。純粋で天真爛漫な性格は彼の良いところ。今後の柔道人生でもきっと生きるし、強みになるはず。大切な教え子のひとりですし、将来が楽しみです」と語っています。

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向翔一郎は柔道界の異端児ってどうゆう意味?

柔道といえば、「礼に始まり、礼に終わる」厳しい競技の印象ですから、いわゆる素行不良で破門された過去があるとなると、異端児なのかもしれません。

大学時代自身を「天才」と言っていたようですが、破門を受け、改心して出直したことにより、仲間や、支えてくれる方々への感謝の気持ちを持ちながら再び柔道と向き合えるようになりました。

また時折繰り出されるビッグマウスや、頭を左右に振るキックボクシングのようなスタイルで相手に向かって行くことから「柔道界の異端児」と言われているようです。

実際にもキックボクシングも練習に取り入れているそうです。

向翔一郎のこれまでの成績について!大会での優勝経験は?

2018年4月から綜合警備保障(アルソック)の所属。

主なタイトルは以下です。
2018年9月 世界団体 優勝。
2018年11月 グランドスラム・大阪 優勝。
2019年2月 グランドスラム・パリ 優勝。

向翔一郎の中学高校時代は?

生まれは富山県ですが、小学校1年で新潟県へ転居後、白根柔道連盟鳳雛塾に所属。小学校4年から本格的に柔道に取り組み、この時期が1番強かったのではないかというくらい勝ち続けます。

中学から上京し、講道学舎に所属します。上京したきっかけは、白根柔道連盟鳳雛塾の先生が、講道学舎出身で同じタイミングで講道学舎の先生になったことだそうです。

柔道では厳しく指導されるも、柔道を離れれば家族ぐるみの付き合いで、翔一郎選手にとってはお兄さん的存在のようです。

大変厳しい練習を課せられるも、要領よく立ち回り先輩達からも可愛がられ、周りの選手はどんどん痩せて行くのに対して、翔一郎選手は体重が10㎏ほどアップしました。

これだけ太った生徒は講道学舎始まって以来だそうです。その後、富山県立山町立雄山中学校へ移りますが、講道学舎出身のプライドが邪魔をし、伸び悩みます。

父からも「そんな変なプライドは捨てろ」と、厳しく指導されることもありました。
高校は、高岡第一高校へ進学します。県内では柔道の強豪校として有名で、決勝の常連校です。

高校でも講道学舎出身ということで、周囲からちやほやされ、熱心に練習することがなくなりました。

しかし中学まで圧勝していた同級生に敗れた際に、これまでにない剣幕で、無作法な態度を父に諭されたことがきっかけとなり、以後は真剣に練習に取り組みます。

その時に、翔一郎選手は「とんでもない負け方をしたんだ」と痛感したのだそうです。
柔道部の監督が父の後輩にあたる方で、翔一郎選手も子供の頃から知っていて、その柔道部の監督が、ガンで亡くなり、ショックを受けるも、いつも気にかけてくれていたのに、何の恩返しも、期待に応えることも出来なかったことを悔やみます。

その後は、これまで取り入れていなかったウエイトトレーニングにも積極的に取り組みました。高校3年時のインターハイでは81㎏級で惜しくも5位でしたが、柔道に気持ちが戻って頑張ったため5位まで勝ち上がることができたんだと思います。

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向翔一郎の出身大学はどこ?

大学は、日本大学へ進学し法学部政治経済学科を専攻します。
翔一郎選手は当初、大学では柔道をやめて、アメリカンフットボールに挑戦する予定でしたが、日本大学の柔道部よりスカウトを受け、柔道を続ける決意をしました。

[1年時]
全日本ジュニア優勝。
世界ジュニア団体優勝。

[2年時]
優勝大会3位。
全日本ジュニア優勝。☆2連覇。
世界ジュニア団体優勝。☆2連覇。

[3年時]
優勝大会2位。
学生体重別優勝。
体重別団体3位。
講道館杯3位。
この年「ベイカー茉秋選手(JRA)を倒します」と宣言しています。

[4年時]
体重別優勝。
アジア選手権3位。
ユニバーシアード3位。
ユニバーシアード団体戦優勝。
講道館杯優勝。
グランドスラム・東京3位。
グランドスラム・パリ優勝。

この年「ベイカーさんにスタイルでは勝っていると思う。最終的な目標は東京五輪で優勝すること」と語っています。

また大会後、日大柔道部の集合日に遅刻したことで、柔道部監督で、全柔連強化委員長を務める金野潤氏に咎められ、過去にも度々遅刻を繰り返していたことから、柔道部への出入り禁止と、退寮を余儀なくされました。

そのため、警視庁や、国士舘大学へ出稽古に赴く日々が続きます。講道館杯で、釘丸太一選手(センコー)を破り優勝した後に、金野氏に詫びを入れ、再び日大柔道部に受け入れられました。

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向翔一郎の姉も柔道選手だった?

姉は4歳年上の向奈津美さん。現在は、GXsportというスポーツ総合エージェント、トレーニングサポート事業、アスリートキャリアサポートなどを手掛ける企業で働いているそうです。

奈津美さんも高校ではインターハイに出場しており、2位という実力のある選手だったようです。

父が柔道指導者ですから、柔道は姉弟にとっても自然に始めた競技なのでしょうね。また奈津美さんはサンボという格闘技では、世界選手権で4位、全日本選手権では優勝経験もあります。

向翔一郎の父親母親はどんな人?

父が柔道の指導者であることと、姉の向奈津美さんの影響で、翔一郎選手は4歳から柔道場に通います。この頃は柔道をやるというよりは、姉に付いて行くことが重要だったようで、この時点で将来的に父が翔一郎選手に柔道をやらせたいという思いはなかったようです。

小学校3年までは自由に練習させて貰えましたが、あまり期待されていた訳ではなく、「練習に行かないといけない」という、習慣に近い感覚で道場に通っていたそうです。

4年生からは真剣に練習に取り組みますが、きっかけは全国大会に出場するようになり、期待も高まり練習量も増えたのだそうです。

父について聞かれると、翔一郎選手は「とにかく厳しかった」そうです。柔道は、礼に始まり、礼に終わる競技ですからね。挨拶や礼儀なども厳しそうですよね。

柔道以外では優しい父も、柔道に関してはとても厳しく、あの時の指導がなかったら、その後も甘い考えで柔道と向き合っていたのでは?と、冷静に語っています。

父は、翔一郎選手を柔道家ではなく、野球選手にしたかったようです。母についての情報は残念ながら殆どありませんが、柔道でご飯を食べさせて貰っていること、丈夫な身体に生んでくれたことに感謝しついるそうです。

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向翔一郎の身長体重や得意な柔道技は?

翔一郎選手の178㎝体重は99㎏。得意技は内股、背負い投げ。この技は、投げ足の足技で、背が高く手足が長い選手向きの技です。

この内股という足技は、簡単だけど、相手がなかなか防ぐことが出来ないやっかいな技なんだそうです。

また翔一郎選手は、背負い投げも得意としており、背負い投げで何度も勝っている技でもあります。

向翔一郎のプロフィール!

 

 

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・名前:むかいしょういちろう。
・生年月日:1996年2月10日
・血液型:
・出身地:富山県高岡市。
・階級:90㎏級。
・組手:左手組み。

メイプル超合金のカズレーザー似との声もあります。

東京五輪に向けて、初心に帰って練習量を増やしています。
社会人になると、練習量よりも質を重視する選手が多い中、量で質を凌駕しようとしているそうです。

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まとめ

東京五輪に出場出来るのは、誰よりも強い執念も持った人だと語っています。その部分では誰にも負けたくないと思っていて、これまでにお世話になった方々に恩返しをしたいという

気持ちで柔道と向き合い、気持ちで負けないように取り組んで行きたいそうです。
くれぐれもケガには気を付けて、力を発揮して欲しいですね。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!